2016年08月30日

山形に行きましたC〜蔵王の御釜 後編〜

今回、Aさんから
「山形に行くなら蔵王の御釜は見ておいていいと思う」
と聞くまで、御釜について何も知らなかったわたし。

「御釜(おかま)」とは、蔵王山頂にある火口湖につけられた名称。
刻々と表情を変えるエメラルドグリーンの湖面が神秘的で、水質は強い酸性だそうです。
水棲生物は住めない環境なんですね。

「避難小屋」を通り過ぎると、とうとう・・・

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御釜が出現!

手前に薄茶色に見える馬の背から向こうは、切り立った断崖です。

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静かに空と対面する湖面に、元気のいいトンボが一匹写り込みました。
どこで羽化したんだろう。

ここでAさん、コマクサ目当ての登山者ご一行を通りすがりにキャプチャー。
ご一行の尻尾に取りついて、わたしたちもトコトコ行ってみると・・・

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高原植物の女王・コマクサを見ることができました。

御釜の前から、避難小屋のある方向へすこし登った斜面に群生しています。
他の植物が生きづらい場所に生え、しかも美しい。人間のファンが多いのもわかります。

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レストハウスに向かいつつ、角度を変えて、御釜。

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馬の背から湖面がぜんぶ見えるのは、ここが最後の場所でした。

法螺貝の音が聞こえる気がすると思っていたら、前方から山伏装束の一団が。どこかの講のご一行だったのでしょう。
蔵王ロープウェイの中央高原駅前には、修験道のご本尊で、蔵王連峰の名前の由来でもある蔵王大権現の祠があるようです。

レストハウスの食堂で、すこし休憩。
うちの子どもの頼んだ唐揚げとたこ焼きが、できるまでに時間がかかって焦りました。
食べきれなかった分は食堂の紙コップに詰め込んでプラ蓋をし、携行食に。

 教訓:制限時間のあるときは、揚げ物をチョイスしてはならない

刈田岳山頂から、バスは山形駅行き(山交バス)も白石蔵王行き(宮城交通)も1日1本のみ。どちらも13時発。

Aさん「どっちにする?東京に着く時間は、白石蔵王経由だと、山形経由より30分早いけど」
わたし「むう」

山交バスは車体大きく、並んでる客なし。
宮城交通は車体ひとまわり小さく、すでに何人も乗り込んでいる。
咄嗟に、座る場所が選べて子どもたちが車酔いしにくそうな山形行きを選びました。

1時間40分ほどで山形駅着。

駅ではうちの子どもが発熱しだして「早く帰りたい」モード発動。
こうなるとわかっていたら白石蔵王経由にしとくんでしたが^^;
新幹線は指定席にして、帰路につきました。

アクティブな友人母子には物足りない思いをさせてばかりだったと思いますが(申し訳ない)、心身ともに活性化された山形旅行でした。
もろもろに感謝。

8月10〜11日にかけての山形旅行レポはこれで終了です。


その後、8月23〜25日は家族で北海道のトマムへ。

24日に「トマム産雲海」、25日に「太平洋産雲海」を見るチャンスに恵まれました。
25日発生の雲海については、朝日新聞の夕刊に取り上げられています。

24日、25日ともデジカメでたくさん画像を撮りました。
近日記事にしますね。



posted by まさの at 12:38 | TrackBack(0) | 旅行

2016年08月27日

山形に行きましたB〜蔵王の御釜 前編〜

大学の同期・Aさん母子と共に、ケーブルカー乗り場近くの「ルーセントタカミヤ」で一泊。
翌11日は奇しくも「山の日」。天気も快晴!
ケーブルカーを乗り継いで地蔵山頂駅へ向かいました。

地理の教職者でもあり研究者でもあるAさんは、御釜にも行ったことがあるとのこと。
のんびりやのわたしたち母子の足に合わせた行程の計画から、地形図などの資料から、いろいろお世話になりました。

地蔵山頂駅から熊野岳(1841m)を経て、尾根道の「馬の背」を通る約1時間のルートで御釜を目指します。
帰りはそのまま馬の背伝いに約5分の刈田(かつた)岳(1757m)に出れば、レストハウス前から山形駅行きと宮城県の白石蔵王駅行き、2方向のバスが出ているとか。

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歩き始めのうちは木道。

自然教室での連泊を経て、たくましくなった?子どもたちの背中を追います。歩きやすい道なのに早くも息が上がるのは、きっと高度のせい・・・

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木道のそばにはリンドウがたくさん。潔いほど青い色。

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熊野岳山頂への道がくっきり見えます。
ゴールが見えているのはわかりやすくていい。

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岩場登りの休憩中に撮った朝日連峰。マンガの集中線みたいに飛行機雲が。

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「ワサ小屋跡」の「姥神 ヤマンバさま」像。

首から上は欠落していたのが、平成23年に新しくされたそうです。
・おワサさんというお婆さんが、かつてここで山小屋番をしていた
・ひと頃は神社の社地であり、ここで参拝者に水を供給していた
・・・などと言われているそうで、縁起を書いた立て札がありました。

熊野岳頂上ではブログ用のいい画像が撮れなかった;;

尾根道の「馬の背」に入ると足元の地面は平坦になりますが、ゴロ石が多いので案外つまずきやすく、気が抜けません。

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稜線に「避難小屋」が見えたら、御釜は近い!


「蔵王の御釜 後編」に続きます。


posted by まさの at 00:31 | TrackBack(0) | 旅行

2016年08月20日

山形に行きましたA〜山寺編〜

子どもたちと合流したのち、山形駅から仙山線の快速仙台行きで山寺駅へ。

「山寺」は通称で、正式な名前は宝珠山立石寺(ほうじゅさん りっしゃくじ)。松尾芭蕉が「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の俳句を詠んだ地として有名です。
天台宗系の修行の山でもあり、山頂に至るまでの石段は実に1015段。
頭上から照りつける真夏の太陽のおかげで、苦行にはうってつけのお日和でした。

自然教室のため背負っていた40L入りザックを、山寺駅近くの山寺郵便局からそれぞれ自宅に送ったので、子ども2人は足取りも軽い。元気にカウントしながら石段を上ります。
わたしの同期も、日頃から各地でフィールドワークをこなす健脚さん。
わたしはといえばここ数年育んできた無駄肉が重くて、みんなのペースについていくのがやっとでした。鍛えねば。

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芭蕉の句をしたためた短冊をこの地に埋めて石の碑を建てた、という「せみ塚」縁起。
立て札には「おくのほそ道」紀行文の抜粋も書かれています。
せみ塚そのものの撮影をしそびれたのは痛恨のミス。

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せみ塚の後ろに広がる凝灰岩の岩壁。
一面に空いた小さな穴が、蝉の幼虫が地面から出てきた跡のようにも見えます。「せみ塚」の名前に引っ張られてそんな印象を持ってしまうのかな。

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子どもの頃、親に連れていってもらった「吉見の百穴」を思い出す光景。
百穴は凝灰岩を人為的にくり抜いて墓所としたものですが、山寺の岩の穴は風化によるもの。

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ほくそ笑む異形の顔・・・に見えないこともない岩。

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修行僧に死者が出たというのも頷けます。

足がかりになる石段もなかったその昔。いくら人に勧められたからといって、ここまで上った芭蕉の体力恐るべし。ただの俳人ではなく伊賀忍者だった、という説のあるのも納得です。

あれ、石段で有名な場所なのに、石段の画像が一枚もないな・・・

山寺の近くに立ち寄られた際にはぜひ、1015段の踏みごたえを足と目で確かめてみて下さい^^

30分ほどで山頂の奥の院に到着。
帰りは山寺名物「力こんにゃく」や、さくらんぼのジェラートを楽しんだ後、翌日の御釜に備えて山寺駅から山形駅へ。
山形駅から山交バスで蔵王に移動、ケーブル乗り場近くの宿に向かいます。

友だちのお子さんは城に興味があるとのことで、バスの待ち時間の間に2人は霞城公園へ行っていました。驚異のスタミナ!
うちの子どもは城に興味なし&前々日に熱を出したとの話なので、バス停近くでまったり休憩^^

帰ってから知ったのですが、山寺頂上から下る方法として、かつては長い長い「滑り台」があったそうです。かなり危険なシロモノなので廃止され、今はひっそりと山中に眠っている模様。

こちらのサイトで拝読したレポートがとても面白かったです!
「山さ行がねが」道路?レポート 山寺の廃すべり台

自然の営みも人の営みも、どこかミステリアスな山寺でした。

次は「蔵王の御釜編」です。



追記

posted by まさの at 16:55 | TrackBack(0) | 旅行